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Author:ほりほり


堀田周郎(ほりたのりお)
1958年・姫路市生まれ。B型。
播州ハム社長・・・・と言いましても、従業員20名余りの小さな会社ですので 製造から営業、そしてWebマスターと色々やっています。
大江工場長と共に創業以来のドイツ式製法に、欧米各国の製法研究や各種研修の成果をアレンジして日本人の繊細な味覚に合うハム・ソーセージづくりをめざしています。

この日記では、日々の出来事やお店からのご案内をお伝えしていきたいと思っています。

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ハムづくりの先生・大木市蔵さん
何回かに分けて、
日本の食肉加工発展に多大なる貢献をされた大木市蔵氏や
大木氏に関連する話を思いつくままに書き留めたいと思います。

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ハムづくりの先生・大木市蔵さん


わが国の食肉加工技術は、

1) 英国人ウィリアム・カーチスを祖とする「鎌倉ハム」の技術、
2) 飯田吉英を祖とする農林省畜産試験場の技術講習、
3) ドイツ人ヘルマン・ウォルシュケ、ローマイヤー、ケテルらによる技術、
4) 大木市蔵による技術指導

の四つの流れがあると言われています。


大木市蔵さんは明治29年千葉県生まれ。
明治43年に横浜の親せきの店に身を寄せ、
食肉業の修行をしていた時に、
ドイツ人マーテン・ヘルツに出会い、
彼からドイツ式の食肉加工法を13年間学びました。

 ・マーテン・ヘルツはドイツ船のコック長でしたが、
  横浜停泊中に酔いつぶれいる間に
  船が出航したため(取り残されたため)、
  ハム・ソーセージを旧居留地に住む
  外国人に売って生計を立てていました。


大木さんは大正3年、合資会社サシズ商会、
第二次世界大戦は中国、南洋諸島に工場、
戦後は大木ハム千葉工場を設立。
ハム・ソーセージの製造・販売のかたわら
帝国大学等での講習会開催など
普及や後進の技術者養成に励みました。

特に大木ハム千葉工場は採算を度外視した
食肉学校のような会社で、一人前に育てては
必要とする企業に送ることのみを目的とし、
その弟子の数は大変な数であり、
大木氏から技術上のアドバイスを受けた企業も多々ありました。

 ・ちなみに、播州ハムの初代工場長・和田義夫も
  大木市蔵氏の工房でハムづくりの修行をしました。


日本食肉加工協会・元検査所長の
高坂和久氏は著書の中で

  四つの流れはいずれもわが国の
  食肉加工に大きな影響を与えたが、
  最大の影響力があったのは大木市蔵で
  あったように思えてならない。

・・・とその功績を高く評価しています。

ohki.jpg
・昭和34年銅像除幕式での大木さん


次回、大木さんのハムづくり・その1に続く

参考資料:
ソーセージ物語 ハム・ソーセージをひろめた大木市蔵伝
増田和彦著 ブレーン出版(株
ハム・ソーセージ入門 高坂和久著 社)日本セルフ・サービス協会


ハムづくりの先生・大木市蔵さん
大木さんのハムづくり・その1
大木さんのハムづくり・その2
今も受け継がれる大木製法
今も受け継がれる大木製法2
今も受け継がれる大木製法3(素材の吟味)
今も受け継がれる大木製法4(長期熟成)
今も受け継がれる大木製法5(炭火焼き製法)

大木市蔵さん | 17:02:14

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